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お酒の搾り方の話をすると、ほぼ必ずこう聞かれます。
「袋吊りって、儲からないんじゃないですか?」
正直に言って儲かりません。
それでも袋吊りを選んでいます。
それには理由があります。
包み隠さずお話ししましょう。

日本酒の醸造工程の最後に、醪(もろみ)からお酒を搾る作業があります。
最も一般的な方法が「圧搾(あっさく)」です。
醪を酒袋に詰めて機械に積み重ね、上から強い圧力をかける。
じわじわと、ペッチャンコになるまで搾り切る。
最終的に酒袋は板のように薄くなり、春になるとよく見る「板粕」の形になります。
子供の頃母親に石油ストーブの上で板粕を焼いてもらい、砂糖をたっぷりとまぶして食べました。
お酒というキーワードが大人の仲間入りをしている気分にさせてくれてなんか嬉しく思ったものです。
そなな、圧搾のメリットは明快です。
板粕が出来て焼いて食べると美味しい(笑)はさておき。
まず、効率がいい。
機械任せなので人手がかからず時間も短くて済む。
次に、歩留まりが高い。
醪のうち大体80%がお酒になり、残り20%が酒粕になります。
搾れるだけ搾りきるので、1回の仕込みから最大限のお酒が取れます。
大量生産に向いており、安定した品質管理もしやすい。
大手蔵が圧搾を採用するのは、至極合理的な判断です。

袋吊りはまったく異なるアプローチです。
醪を酒袋に入れて吊るし、重力だけで自然に滴り落ちるものをお酒として集める。
圧力は一切かけません。ただ吊るして、待つ。その時間、丸24時間ほどです。
結果として、取れるお酒の量は醪全体の約50%程度。
残り50%は酒粕です。
圧搾と比べると、取れる量がほぼ半分。
大きな機械は不要ですが、時間も手間もかかります。
経営的な視点だけで見れば、これほど「割に合わない」搾り方はありません。
事実、袋吊りを行っている酒蔵の多くは、品評会への出品用や、特別な限定品のためだけに実施しており、通常の販売酒には採用しないのが現実です。

そのほうが、圧倒的に美味しいから。
これに尽きます。
醪の状態では、米のでんぷんがすべてお酒に変わりきっているわけではありません。
完全に溶け切ったものもあれば、半分だけ溶けたもの、形がまだ残っているものも混在しています。
いわば「お酒になりきれなかった成分」が共存している状態です。
圧搾でぎゅっと力をかけて搾ると、本来のお酒の部分だけでなく、この「なりきれなかった成分」も一緒に絞り出されます。
これが雑味の正体です。
圧搾が悪いわけではありません。
ただ、力をかければかけるほど、本来お酒ではなかった部分も混ざり込んでしまう。
袋吊りは重力だけ。
自然に落ちてくる分しか取りません。
だから、素直にお酒になりたかった部分だけが、静かに滴り落ちてくる。
その結果、雑味が入り込む余地がなく、まろやかで輪郭のはっきりした酒本来の味が生まれます。
大手の酒蔵は、冬の間に1年分のお酒をまとめて造ります。
複数のタンクで醸造した醪を最終的にブレンドして、味のバランスを整える。
これが大手の強みであり、職人技でもあります。
ただ、杜氏が作ったお酒もブレンダーが一緒くたにしてしまいますので、折角のオリジナリティが無くなるという反面も。
しかし、ブレンドによって、圧搾で生じた多少の雑味は、他のタンクの成分と混ざり合い、むしろ複雑な風味として中和されていきます。
熟練のブレンダーが整えることで、雑味は雑味でなくなる。
しかし当蔵のような小規模蔵では、1回の仕込は多くても数百リットル程度です。
ブレンドしようにも、そもそも複数タンクを持つ規模がありません。
雑味を風味に変えるだけの量と多様性がないのです。
だとすれば、答えは一つ。
最初から雑味を出さなければいい。
小規模であることは制約ではなく、選択の余地でもあります。
大量生産できないからこそ、時間と手間をかけた袋吊りが現実的な選択になる可能性がある。
大手が絶対にできない方法を、小さな蔵だからこそ全品に採用できる。
これが当蔵の逆転の発想です。
歩留まり50%。
圧搾の半分しか取れない。
時間はかかる。
利益率は下がる。
それでも袋吊りを選ぶのは、損得の話ではありません。
飲んでくださる方に、本当に美味しいお酒を届けたいという、それだけです。
袋吊りで搾ったお酒をはじめて飲んだとき、「これが酒本来の味か」と感じました。
余計なものが何もない。
雑味がない分、米の甘みと旨みがまっすぐ伝わってくる。
まろやかで、でも輪郭がある。
あの味を知ってしまったら、もう戻れませんでした。
儲からないけれど、やめられない。
そういうお酒です。
当蔵の袋吊りを、ぜひ一度、味わってみてください。
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この記事を書いた人
旨い酒を作りたいという思いで、岸和田の地にて酒蔵を始めました。また、酒造りの傍ら、古美術商も営んでおり、ぐい呑みなどの酒器を集めています。