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お酒には「搾り方」がある。
醪(もろみ)から液体だけを取り出すこの工程、一般には機械でプレスするイメージが強いかもしれないが、最高峰の世界では今も、重力だけに委ねる古来の方法が生きている。
それが袋吊り(ふくろづり)であり、そこから生まれる酒を大切に保管する容器が斗瓶(とびん)その組み合わせを「斗瓶囲い(とびんかこい)」と呼ぶ。
当蔵では清酒免許ではなくその他の醸造酒の酒類製造免許を保有している。
どぶろくやフルーツを用いたクラフト醸造酒を手がける立場から、この「袋吊り・斗瓶囲い」という技法を実際に取り入れている。
今回は、その経緯も含めて、この搾り方の本質に正直に迫ってみたい。
参照元:国税庁「清酒の製法品質表示基準」(平成元年国税庁告示第8号・令和4年国税庁告示第30号改正)

発酵を終えた醪(もろみ)を酒袋と呼ばれる布袋(主に綿素材)に入れ、それをタンクや棒の上に吊るして放置する。
外から一切の圧力を加えず、醪そのものの自重によってにじみ出てくる雫だけを受け器に集める。
これが袋吊りの全て。
シンプルに聞こえるが、実際は非常に繊細な作業である。
袋の素材・縫製の精度、吊るす温度管理、受け器の衛生状態、そして何より時間。
プレス機なら数時間で終わる工程が、袋吊りでは数日かかることも珍しくない。
酒袋には酵素も酵母も生きた状態で存在するため、温度が上がればせっかくの香りが飛んだり、雑味が出たりする。
低温環境を維持しながら、ひたすら滴るのを待つ。
得られる液体は透明度が高く、プレスによる澱(おり)の混入がほとんどない。
香りは繊細で、雑味を生む成分が持ち込まれていないため、非常にクリーンな味わいになる。
吟醸造りのお酒でこの方法が多用されるのは、低温発酵でせっかく生み出した華やかな香りを、余計なストレスで壊したくないからだ。
袋吊りで得た雫を受ける容器が「斗瓶(とびん)」1斗入る入れ物なので今で言う一斗缶みたいなもの、1升瓶が10本入る容量の瓶。
「斗(と)」という単位は日本古来の容積単位で、1斗=10升=約18リットル(1.8Lの一升瓶10本分)にあたる(※注:1斗は18.039Lが正確な換算値だが、実務上18Lとして扱われることが多い)。
斗瓶とはその容積のガラス製フラスコ型容器を指す。
袋吊りで自然に滴り落ちた酒を、この斗瓶に受け止め、低温でそのまま「囲う(かこう)」つまり保管・熟成させる状態まで含めて「斗瓶囲い」と呼ぶ。
斗瓶は光を遮るよう布や覆いで包まれ、0℃前後の冷蔵環境で保管される。
この低温熟成の期間に、まだ若い酒が静かに落ち着き、香りが整い、味わいに奥行きが出てくる。
搾りたての袋吊り酒には「若い苦み」が残ることがある。
これを急いで瓶詰めしてしまうと荒々しい印象になってしまう。だからこそ斗瓶に囲い、時間をかけて熟成させることが重要。
袋吊りと斗瓶囲いはセットで機能する技法と言えるでしょう。
製造業において「歩留まり(ぶどまり)」とは、原料に対してどれだけ最終製品が得られたかの割合のことを言う。
袋吊りの歩留まりは、通常のプレス搾りと比べて著しく低い。
通常の機械搾りでは、醪から酒と酒粕に分離する際、圧力をかけることで多くの液体を絞り出せる。
一方、袋吊りは重力に任せるだけなので、酒袋の中には相当量の液体が残ったまま終わる。その酒袋を強く搾ればもっと液体が出てくるが、そうしてしまっては「袋吊り」ではなくなる。
感覚的に言えば、同量の醪から通常搾りと袋吊りを行った場合、得られる酒の量は袋吊りのほうが数割以上少ない。
圧搾で8から9割のところ、袋吊りでは5割程度。
酒袋に吸われた分、重力で落ちきらなかった分、これがすべてロスとなる。
ビジネスとして考えれば、これは「コスト的に正気の沙汰ではない」。
同じ原材料費・仕込み手間をかけて、得られる製品量が大幅に少ない。しかも作業時間も長い。
袋吊りは製品コストの観点から、構造的に高価にならざるを得ない方法なんです。
それでも蔵元や醸造家が袋吊りにこだわるのは、コストを超えた価値がそこにあるから。

袋吊り・斗瓶囲いのお酒は、一般の酒棚でなかなかお目にかかれない。それにはちゃんと理由がある。
日本酒の世界で最も権威ある品評会のひとつが「全国新酒鑑評会」。
1911年(明治44年)から続くこの鑑評会は、独立行政法人酒類総合研究所と日本酒造組合中央会の共催で、毎年全国の蔵元が新酒を出品する。
金賞・入賞という名誉をかけて、各蔵が技術の粋を結集した一本を持ち寄る場。
この出品酒の多くが、袋吊り・斗瓶囲いで仕込まれています。
なぜなら、この方法で得た酒こそが「その蔵の最高の技術と素材」の結晶であり、審査員にとっても評価しやすいクリーンな酒質だから。
逆に言えば、鑑評会のためだけに作られた酒という性格が強い。
一般に流通する同じブランド名のお酒と、その蔵の鑑評会出品酒は、別物と言っても過言ではない。
出品酒は数十本しかない場合もあり、関係者向けや限定販売にとどまることが多い。
「全国新酒鑑評会」の記事でも指摘されているように、「出品酒はその製成所の造った最良な一部分に過ぎず、一般にはほとんど出回らない」という構造的な事情がある。
Wikipediaより
袋吊り・斗瓶囲いの酒が市場に出回りにくいのは、量が少なく、コストが高く、鑑評会という特別な用途に振り向けられているからでもある。

酒税法(昭和28年法律第6号)第3条第19号によれば、米・米麹・水を原料として発酵させ、漉さずに(こさずに) 仕上げた濁り酒は「その他の醸造酒」に分類されるとある。
一般にどぶろくと呼ばれるものがこれにあたる。
一方、漉す(=上槽する)工程を経たものは清酒となり、免許の区分も異なってくる。
当醸造所が保有するのは「その他の醸造酒の酒類製造免許」であり、清酒免許ではない。
つまり私たちが製造するのは、法令上は清酒ではなく、どぶろくをはじめとするクラフト醸造酒になる。
では、どぶろく・クラフト醸造酒に袋吊りを応用するとはどういうことだろうか。
フルーツを副原料にした発酵飲料の醪(もろみ)から、袋吊りの技法で液体部分を穏やかに分離するアプローチのこと。
フルーツ醪を袋吊りすることで得られるのは、加圧搾汁とは一線を画した、透明感と果実の繊細な香りを持つ液体。
フルーツに含まれる色素・タンニン・渋み成分は圧力をかけるほど多く抽出される。
袋吊りならその溶出を最小限に抑えられ、素材本来の香りや味の核心だけをすくい取る感覚に近い。

当醸造所では、季節ごとのフルーツを使ったクラフト醸造酒の袋吊りを行っています。
どぶろくの文化とクラフトビール・ワインの発想を掛け合わせ、果物の発酵液を袋吊りで仕上げる。
これは日本酒の鑑評会文化で磨かれた技法を、新しい素材・新しい酒質に応用しようという試み。
正直歩留まりが悪いのは分かっている。コストが高くなるのも承知の上。
それでもこの方法を選ぶのは、フルーツの持つ繊細な香りと素材感を、できる限り損なわずに届けたいから。
プレスで力任せに搾れば量は増える。
でもそこに宿る「何か」が失われてしまう気がする。
通常、このようなお酒は表に出にくい。
量が少ないため、ご来店や限定案内の形でお伝えすることが多い。SNSや店頭の情報をこまめにチェックしてほしい。
袋吊り・斗瓶囲いという技法は、効率・コスト・収量のどれをとっても「合理的」ではないと言うか最悪といってもいい。
それでも何百年もの間、この方法が生き続けているのには理由がある。
圧力という名の「力」を使わないことで、醪が本来持っているものだけが静かに滴り落ちてくる。そこには雑味も、過剰な渋みも、余計なストレスもない。
袋吊りとは、引き算の技法。
加えることで価値を高めるのではなく、余計なものを加えないことで素材の純粋さを守る。斗瓶囲いとは、その繊細な酒を時間と低温というやさしい環境に委ね、静かに育てる行為ともいえる。
クラフト醸造酒・どぶろくの世界でも、この思想は生きてくる。
素材が良ければ、あとはなるべく手を加えない。
その答えのひとつが、私たちのフルーツ袋吊り。
次にその一本を手にするとき、どれだけの雫が集まってその量になったか、ちょっと想像してみてほしい。
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この記事を書いた人
旨い酒を作りたいという思いで、岸和田の地にて酒蔵を始めました。また、酒造りの傍ら、古美術商も営んでおり、ぐい呑みなどの酒器を集めています。