零細酒蔵がArduinoとTILTで挑む、精密な酒造りの現場から

零細酒蔵がArduinoとTILTで挑む、精密な酒造りの現場から

2026年5月03日
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    酒造りって「職人のカン」が命、そう言われてきました。
    実際に湿度、温度、もろみの泡立ち、香り、そして比重など、経験を積んだ蔵人は、五感のすべてを使って蔵の中の小さな変化を読み取ります。

    ですが、一人で蔵を切り盛りする零細の現場では、24時間蔵に張りついていることはできません。
    ですのでウチの蔵では、カンを補強するためのIoTを導入しています。

     

    そもそも、なぜIoTで醸造を管理するのか

    今日はその仕組みと、新しく仲間に加わった比重計「TILT」のお話です。

    お酒の醸造、特にもろみの管理は、温度・湿度・CO2濃度・比重といった数値の変化を追いかける作業の連続です。
    これらは数時間で大きく動くこともあり、タイミングを逃すと味わいに直結します。

    基本的に酒蔵では、アミノ酸や酸度、ボーメ(後に日本酒度と呼び方が変わる)、アルコール度数を計測して状態を管理していますが、1日に一回しか測定しないので次の測定まで状態の把握ができません。

    次の測定まで変化があっても気が付かないのが現状ですし、ベテランの杜氏さんであれば予測も可能なのかもしれませんが、底までの経験は無いのが弱小酒蔵の弱みでした。

    このような状態も大手の酒蔵であれば、数値を専用設備で常時モニタリングしているのが当たり前。
    中小酒蔵の多くは、いまも「人間が定期的に蔵に入って測る」という方法が中心です。
    職人の目と手があってこその酒造りそれは間違いありません。ですが、一人蔵にとっては、その「定期測定」すら現実的に難しい場面があります。

    そこで活躍してくれているのが、Arduino(アルドゥイーノ)という小さなマイコンです。

     

    システムの全体像 Arduino × Wi-Fi × Googleスプレッドシート

     

    ESP32アルディーノとSSRを組み込んだ酒蔵監視システム

    うちの蔵で動いているIoTの仕組みは、決して大袈裟なものではありません。
    市販のパーツを組み合わせ、無料のクラウドサービスでデータを溜めているだけです。
    それでも、蔵にいない時間の安心感はまったく違います。

    ちなみに写真左上の線がいっぱい刺さっているのがESP32というアルディーノです。

    電源は右側のUSB充電器から取っており、左下の四角いのはSSR(ソリッド・ステート・リレー)というリレーで、ある一定のCO2濃度になればロスナイという換気扇を作動させるためのスイッチです。

    製麹のところでも書きましたが、一定の温度や濃度になると自動で電源をON・OFF出来るような仕組みにしています。

    うちの蔵のIoT構成

    二酸化炭素の濃度をモニタリングする測定機

    • マイコン: Arduino(Wi-Fi機能付きの小型マイコンボード)
    • センサー: 品温・室内温湿度・CO2濃度・比重の各種センサー
    • 通信: 蔵内のWi-Fiでサーバーへデータ送信
    • サーバー: Google Drive
    • 記録: Googleスプレッドシートに1分ごとに自動書き込み

    ポイントは、1分単位で記録が残るところです。
    麹造りやもろみ管理では、ほんの数時間の見落としが致命傷になります。
    スプレッドシートを開けば過去のすべての推移が一覧でき、グラフ化も即座にできる。
    蔵から離れていても、スマホで状態を確認できる安心感は、一人蔵には何ものにも代えがたいものです。

    ちなみに画像のセンサーはCO2センサーで後ろの黒いのが温湿度センサーです。

    麹造りをIoTで監視している様子は、以前の記事でも詳しく書いています。
    製麹中の温度推移をリアルタイムで見られるようになったことで、夜中に何度も起きていた頃と比べて精神的にもずいぶん楽になりました。
    よろしければそちらも合わせてお読みください。

     

    2万円で実現した自作スマート製麹システム

    新しい仲間、比重計「TILT」を導入しました

    TILTの常時データをスマホで見ている画面比重と温度を表示

    今回、新しく蔵に迎え入れたのが「TILT」という比重計です。
    これはもろみの中に直接浮かべておくだけで、傾きから比重とアルコール度数の進み具合を計測し、Bluetoothでデータを飛ばしてくれる優れもの。
    クラフトビールの世界では知られた存在ですが、日本酒の蔵で使っている例はまだ多くありません。

    これまでも品温やCO2濃度はリアルタイムで追えていましたが、もろみの「中身」がどう動いているかを知るには、結局柄杓ですくって比重計にかけるしかありませんでした。
    TILTを入れたことで、その作業も自動化され、もろみの発酵カーブを連続的なグラフで眺められるようになります。

    日々のサンプル分析と、TILTの連続データを突き合わせることで、もろみの動きを面で捉えることができるようになる。
    これは、より正確で再現性の高い醸造に直結すると考えています。

    画像のデータはスマホで確認するためのものデータです。

    アメリカの製品なので品温が華氏での表示になっています。

    スマホで見る場合、華氏から摂氏への変換は、(度 F - 32) × 5/9 = 摂氏という計算が必要ですが、アルディーノ上では計算させてからサーバーに送るようになっているので、スプレッドシート上ではちゃんと摂氏に変換されているという地味にありがたい設定。

    大手と零細、その「監視レベル」の違い

    冒頭で書いたとおり、大手の酒蔵ならこの程度のモニタリングは当たり前にやっているはずです。
    タンクごとにセンサーが入り、中央制御室で全体を一望できるシステムが組まれているところもあります。

    一方で、ウチのような零細酒蔵がここまでやっている例は、おそらくまだ少数派です。
    多くの中小蔵では、蔵人が決まった時間に蔵を回って測定する、という昔ながらのスタイルが続いています。
    それは決して悪いことではなく、むしろ五感で蔵を読む技術はかけがえのないものです。

    ただ、私の場合はそもそも一人で全工程をこなさなければならないという現実があります。
    手が回らない部分を機械に任せ、自分は本当に判断が必要な瞬間に集中する。そのための役割分担として、IoTはとても理にかなっているのです。

    本音を言うと、ただ「やりたかった」というのもあります

    温度、湿度をモニタリングする測定機

    *コチラが温湿度センサーで、後ろの金色がCO2センサーです。右側に見える線がアルミの角パイプの中を通ってESP32の一杯線が刺さっているところに行きます。

    ここまでもっともらしいことを書いてきましたが、半分は建前です。もう半分の本音は、シンプルに「やりたかったから」(笑)

    昔ならArduinoのコードを書いたり、サーバーとセンサーを連携させたりするには、それなりに専門知識が要りました。
    ところが、いまはAIに相談すれば、コードもネットワーク設定もあっという間に組み上がります。
    「技術的にハードルが高すぎる」という言い訳が、もう通用しない時代になってしまったのです。

    だからできる。だからやる。
    蔵の中で職人としての手仕事を続けながら、新しい技術もちゃんと取り入れていく。
    クラシックとモダンが共存する蔵それが、一人蔵だからこそ目指せるかたちだと思っています。

     

    まとめ:カンとデータ、両輪で造る一本

    職人のカンは、長年の経験が生んだ本物の技術です。それを否定するつもりは少しもありません。
    ですが、カンを支える客観的なデータがあれば、判断はより確かになり、再現性も上がります。

    ArduinoとTILT、Googleスプレッドシート。どれもありふれた道具です。
    それでも、一人蔵の現場では確かに役に立っています。これからも蔵の日常と、ものづくりの裏側を、こうして少しずつ綴っていきます。

    酒蔵の日常を綴るブログ。袋吊り、無火入れ、地元・岸和田の素材を使った酒造りの記録を発信しています。
    次回は、TILTで取れたもろみのデータを実際の味わいと突き合わせた分析記事をお届けする予定です。

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    醸造家プロフィール

    この記事を書いた人

    代表 / 醸造責任者 杉本 昭博

    旨い酒を作りたいという思いで、岸和田の地にて酒蔵を始めました。また、酒造りの傍ら、古美術商も営んでおり、ぐい呑みなどの酒器を集めています。