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日本酒発酵の科学:麹・酵母・乳酸菌が織りなす精密な醸造プロセス

2026年4月20日
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    日本酒って単純な「お酒」ではないんですよ。

    まず、白米というデンプン質の基質から出発し、複数の微生物が役割を分担しながら段階的に変換を行う世界でも類を見ない複合発酵飲料なんです。

    その発酵プロセスを、微生物学・生化学の視点から紐解いてみたいと思います。

    1. 製麹工程:酵素産生のプラットフォームの構築

    製麹場
    日本酒造りの第一の鍵は麹菌(Aspergillus oryzae)による製麹工程にあります。

    外硬内軟(外側が固くて中側が柔らかい状態)の蒸米に麹菌の胞子を散布するところから始まり、種麹が散布された蒸米は温度・湿度を精密に管理した麹室(こうじむろ)で約48時間程度培養していきます。
    この間、麹菌は菌糸を米粒内部へと伸長させながら、多種多様な加水分解酵素を分泌しています。

    特に重要なのがアミラーゼ(α-アミラーゼおよびグルコアミラーゼ)とプロテアーゼの産生です。
    α-アミラーゼはデンプンの α-1,4-グリコシド結合をエンド型に加水分解してデキストリンを生成し、グルコアミラーゼはその末端からグルコースを逐次的に遊離させる。
    この二段階の糖化反応により、酵母が資化可能な単糖が供給される。
    プロテアーゼはタンパク質をアミノ酸・ペプチドへと分解し、後工程における酵母の窒素源として機能するとともに、酒の旨味成分の前駆体にもなる。

    専門用語を並べていますが、要するに、麹菌がデンプンの塊である米を分解して糖分に変化させて、次の工程の酵母が二酸化炭素とアルコールに分解しやすいようにしてくれいているということです。

    2. 酒母(しゅぼ):微生物叢の精選と酵母の増殖

    酒母

    次に、製麹で得られた麹と蒸米・水・酵母を小さなタンクに仕込み、「酒母」(もと)と呼ばれる高密度酵母培養液を育成していきます。

    伝統的な生酛(きもと)・山廃酛(やまはいもと)では野生の乳酸菌(Lactobacillus 属等)を自然に増殖させますが、現代の酒造りでは殆ど行われていません。
    その代わり、現代主流の速醸酛(そくじょうもと)では、生酛や山廃元のように乳酸菌を増殖させるのではなく醸造用乳酸を直接添加しています。

    乳酸菌によるホモ乳酸発酵(C₆H₁₂O₆ → 2CH₃CH(OH)COOH)は醪(もろみ)のpHを急速に低下させる。このpH低下は選択圧として機能し、酸性条件に弱い雑菌を排除しながら、耐酸性を持つ醸造酵母(Saccharomyces cerevisiae)の増殖を優位に立たせる。この段階で酵母は対数増殖期に入り、後工程のもろみ発酵に備えて細胞密度を高めていく。

    醪が酸性化することで、醸造に悪影響を与える雑菌が入っても酸性度が高い状態では行きていくことが出来ず死滅してしまうのを目的としています。

    そんな中、酵母は酸性に強いため他の雑菌とともに死滅することはなく仕事ができているのです。

    3. もろみ発酵:並行複発酵という世界的にも稀な発酵様式

    日本酒最大の特徴が、この並行複発酵(concurrent saccharification and fermentation)にあります。

    ビールのように糖化・発酵を分離せず、麹による糖化と酵母によるアルコール発酵が同一タンク内で同時進行する。

    これは世界中の醸造飲料の中でも極めて稀な発酵様式なんですよね。

    麹米・掛米・水を「初添・仲添・留添」の三段階(三段仕込み)に分けて段階的に投入するのは、酵母菌体密度に対する基質濃度を適正範囲に保ち、オスモティックストレスによる酵母活性の低下を防ぐためででもあるんです。

    また、この操作は低温・長時間発酵(約20〜30日)と組み合わせることで、香気成分(酢酸イソアミル・カプロン酸エチル等)の生成を促進し、複雑な風味プロファイルを形成します。

    アルコール発酵の中心反応は解糖系(エムデン-マイヤーホフ-パルナス経路)を経たエタノール生成の:C₆H₁₂O₆ → 2C₂H₅OH + 2CO₂。。

    発酵末期のアルコール濃度は14〜20%に達し、これは酵母自身によるアルコール耐性の上限に近い値なんですよね。

    結局最後は、酵母の力で二酸化炭素とアルコールに発酵という形で変化しましたが、そのアルコール濃度が高くなるに連れ酵母も死滅していくんです。

    4. 上槽と火入れ:発酵の終止と品質の安定化


    もろみが熟成すると「上槽」(じょうそう)と呼ばれる固液分離工程を経て清酒と酒粕に分けられ、透明なお酒になります。

    その後、多くの場合火入れ(低温殺菌)を行います。

    幾ら酒粕と分離しても、まだ生きている酵母はいるので、60〜65℃での短時間加熱処理を行い、残存する野生酵母・乳酸菌の失活と、酵素活性(特に残存アミラーゼ)の不活化させます。

    こういったパスツーリゼーション(低温殺菌法)の概念が日本で独自発展した技術として、西洋のパスツール(ブドウからワインが造られる原理を解明した人の名前から)よりも約300年先行するとされています。

    日本酒の発酵は、微生物学・酵素化学・食品工学が交錯する精緻な生物学的プロセス。

    麹菌、乳酸菌、酵母それぞれが異なる時空間的ニッチを占めながら連携することで、あの透き通った一杯が生まれるんですよね。

    世界中で飲まれるお酒ですが、清酒の製法は日本独自のものというお話でした。

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    醸造家プロフィール

    この記事を書いた人

    代表 / 醸造責任者 杉本 昭博

    旨い酒を作りたいという思いで、岸和田の地にて酒蔵を始めました。また、酒造りの傍ら、古美術商も営んでおり、ぐい呑みなどの酒器を集めています。