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当蔵では、酒蔵を始める前から「火入れはしない」という方針できました。
生酒・無濾過・袋吊りにこだわり、できる限り手をかけない自然な状態でお客様にお届けすることが、私の酒造りの哲学でした。
しかし今回、ついに火入れに踏み出す準備が整いました。
なぜ今なのか、どんな課題を乗り越えたのか、酒蔵の現場から正直にお伝えします。

火入れ(ひいれ) とは、日本酒を約60〜65℃に加熱して低温殺菌する工程のことです。
乳酸菌や酵素の働きを止めることで、酒質が安定し、長期保存が可能になります。
スーパーや酒店の棚に並んでいる日本酒のほとんどは、この火入れを経たものです。
一方、火入れをしていないお酒を 生酒(なまざけ) と呼びます。
生のどぶろくは酵素が生きたままで、フレッシュで繊細な風味が特徴ですが、温度変化に非常に敏感で、瓶詰め後も発酵が進んでいます。
賞味期限は冷蔵保存でおよそ 2週間 が目安。常温保管は避け、開栓後はできるだけ早く飲み切ることが推奨しますが、少しずつ変化する過程を楽しむこともできます。
なかには生酒を1か月ほど置いておくと自然に乳酸発酵が進み、ほのかな酸味が加わったものを好むお客様もいらっしゃいます。
「酸っぱくなった」と表現されますが、それは酒が変化しているのではなく、生きているお酒ならではの個性とも言えます。
ただ、これはあくまで稀なケースですが。
正直に言えば、はじめは火入れをする気はありませんでした。
その理由はいくつかあります。
火入れには専用の設備が必要で、個人の小さな酒蔵にとって大掛かりな投資となります。
瓶詰め後に湯煎で加熱する方法が一般的ですが、加熱後の急冷工程で瓶が割れるリスクがあります。
これが懸念でした。
袋吊りのお酒は、冷蔵管理を徹底することで、生酒のままでも長期保存が可能であることを確認してきました。
加熱という操作を加えることで、お酒の繊細な風味が変わってしまい、せっかく丁寧に醸したお酒の本来の味を損ないたくなかったのです。
当蔵が最もこだわっているのが 袋吊り(ふくろづり) で搾ったお酒です。
醪(もろみ)を袋に入れてそのまま吊るし、重力だけで自然にしたたる清酒を集める方法です。
圧力をかけないため、雑味が出ず、非常にきめ細やかで繊細な風味が生まれます。
この袋吊り生酒に火入れをすることを、私たちは特に避けてきました。
その理由は 水素結合 にあります。
日本酒のアルコール(エタノール)と水分子は、水素結合によって緩やかにつながっています。
この結合が、口当たりのなめらかさや、飲んだときにアルコールを刺激として感じにくくさせる役割を担っています。
火入れの加熱処理を行うと、この水素結合が一部壊れ、アルコール感がより前面に出やすくなります。
要するに、火入れをするとアルコールのツンとした感覚が強く出てしまう のです。
袋吊りによる繊細な甘みや旨みが引き立たなくなり、せっかくの手間が台なしになってしまいます。
やっぱり、生の状態が一番おいしい。
実際、適切な冷蔵管理さえ行えば、袋吊りの生酒でも長期保存は可能です。
当蔵ではありませんが、同じ袋吊りで行っている酒蔵さんでは、7年前に仕込んだものが今もしっかり保管できているという事実が、それを証明しています。
では、なぜ今回、火入れに踏み出すことになったのか。
ひとつには、より多くのお客様に届けたい という気持ちが高まってきたことがあります。
賞味期限2週間の生酒は、地元のお客様や直接販売では問題ありませんが、遠方への発送や贈答品として使おうとすると、どうしても制約が生まれます。
しかし最大のネックは設備でした。
一般的な火入れは 瓶詰め後に湯煎で加熱する 方法ですが、ガラス瓶を急激に加熱・冷却すると、温度差によって割れてしまうリスクがあります。
これを防ぐには急冷設備や精密な温度管理が必要で、大掛かりな設備投資が避けられませんでした。
そこで気づいたのが、瓶詰め前に火入れをすればいいのでは?
お酒の状態で加熱殺菌してから、冷めた状態で瓶に詰める。
これなら瓶にかかる熱ストレスがなく、割れのリスクが大幅に減ります。
業務用のパストライザーのような大型設備も不要で、コンパクトな規模で導入できます。
「なぜ今まで思いつかなかったのか」と思うかもしれませんが、「火入れはしない」という前提で考えてきたため、方法論を深く考えてこなかったのです。
前提を崩した瞬間に、解決策は意外とシンプルでした。
火入れの方針が定まったと同時に、別の課題も解決のメドが立ちました。
それが瓶詰めです。
どぶろくは、米の粒が残った白濁した発酵酒です。
濁り成分が多く、粘度も高いため、手作業での瓶詰めは非常に厄介でした。
酒の瓶詰めは、少ない本数なら機械を立ち上げてするより手動で行うようが手っ取り早いので手作業で行います。
手動では漏斗を使って瓶詰めするのですが、どぶろくの場合、米の粒が詰まってしまい作業が止まります。
かといって無理に押し込むと泡立ちや液ハネが起きる。
どぶろくの瓶詰めには 専用の機械が必要 だと痛感していました。
市販の瓶詰め機(充填機)も検討しましたが、日本酒用のものはどぶろくの粒に対応しておらず、どぶろく専用となると高価すぎて手が出ませんでした。
そこで、瓶詰め機も自作する という方向性が固まりました。
どぶろくの特性に合わせた充填ノズルの構造、粒詰まりを防ぐ流路設計、衛生面を担保するための素材選び ― 課題は多いですが、火入れ設備と同様、メドがついてきました。
どぶろくの販売体制を整えるうえで、この瓶詰め機の自作は避けて通れない道です。
冷蔵管理のもとで、2週間という賞味期限の中で楽しんでいただく。
そのフレッシュさと繊細さが袋吊り生どぶろくの真骨頂です。
火入れをするお酒は、袋吊りとは別の商品ライン、別の楽しみ方として位置づけています。
贈り物にしたい、少しずつ長く楽しみたい、常温でも保管したい。
そういったニーズに応えるために火入れがあります。
生と火入れ、それぞれの良さを活かしながら、よりお客様の暮らしに寄り添える酒蔵を目指していきます。
火入れを避けてきた思いは、決して無駄ではありませんでした。
生酒・無濾過・袋吊りにとことんこだわってきたからこそ、火入れが何を変え、何を変えないのかが分かるようになりました。
瓶詰め前火入れという方法の発見、どぶろく用瓶詰め機の自作計画。
どちらも小さな酒蔵が自らの手で道を切り開いてきた結果です。
大きな設備投資をせず、醸造の本質を見失わず、お客様に正直であり続けること。
その姿勢は変わりません。
火入れ商品のリリース時期については、改めてこのブログでお知らせします。
引き続き応援よろしくお願いいたします。
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この記事を書いた人
旨い酒を作りたいという思いで、岸和田の地にて酒蔵を始めました。また、酒造りの傍ら、古美術商も営んでおり、ぐい呑みなどの酒器を集めています。